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明治5年に学制が領布され、その中に伝染病の予防、学校の設備の衛生、児童生徒の健康管理、身体検査に関する諸規定が公布され、学校医、学校歯科医による学校衛生の基礎が確立し、これが発展して今日の学校保健に至っています。
学校には救急薬品をはじめ理科用薬品などがあり、当時その管理は必ずしも十分に行われているとは言えない状況で、特に医薬品については多くの問題を抱えていました。昭和の初期に保健室で昇汞(しょうこう=HgCl2消毒薬)を瓶に移しかえたところ、他の教師がそれを知らずに胃腸薬と思い児童に服薬させ、死亡させるという事件がありました。これが契機となり、学校における医薬品の管理をするための学校薬剤師の必要性が叫ばれ、昭和5年に東京麹町区に学校薬剤師が置かれることになりました。
日本薬剤師協会は学校薬剤師の重要性を感じ、その制度の全面的な普及と促進を計画し、昭和6年3月25日に衆議院に「学校薬剤師の設置」の請願書を提出し、採択されました。これに引き続いて、世田谷、芝、神田、本郷に学校薬剤師が置かれるようになり、昭和11年名古屋市に6名、大阪に15名が任命されています。
昭和10年11月に東京市学校薬剤師会が会員200名で設立され、昭和14年4月7日には第一回全国学校薬剤師協議会が名古屋市で開催され、1道3府17県から107名の学校薬剤師が参加しました。このような経緯から発展的に成長して平成14年現在で17,796名の会員数になっています。
学校教育法が昭和22年に教育基本法と共に制定施行され、その施行規則49条には「学校の環境の整備」と言う言葉が盛り込まれ、今日の学校環境衛生につながる文言が提唱されています。そして昭和33年4月10日に学校保健法が制定され、その16条に学校薬剤師の必置制が唱えられています。また、政令代174号にて同法施行令が公布され、同法施行規則第25条に学校薬剤師の職務執行の準則がしめされて、身分と職務が確立されました。
| 初代会長 | 刈米達夫(昭和26年10月〜昭和36年3月) |
| 二代会長 | 可児重一(昭和36年4月〜昭和45年3月) |
| 三代会長 | 永山芳男(昭和45年4月〜昭和53年3月) |
| 四代会長 | 山中正一(昭和53年4月〜昭和61年3月) |
| 五代会長 | 松尾学(昭和61年4月〜平成9年3月) |
| 六代会長 | 澤村良二(平成9年4月〜平成14年3月) |
| 七代会長 | 杉下順一郎(平成14年4月〜平成20年3月) |
| 現会長 | 田中俊昭(平成20年4月〜) |

〒160-0004 東京都新宿区四谷3-3-1富士・国保連ビル8階(社団法人日本薬剤師会内)
tel: 03-5368-6141 fax: 03-5368-6147 e-mail: info@nichigakuyaku.
東京メトロ丸ノ内線四谷三丁目駅徒歩3分
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| 会長 | 田中俊昭 |
|---|---|
| 副会長 | 小川善雄、佐藤晴壽、日高華代子 |
| 専務理事 | 佐藤美恵子 |
| 常務理事 | 佐々木吉幸、篠原幸雄、徳田健児、 豊見雅文、西村友男、畑中範子、宮下元樹、 村松章伊、横田勝司 |
| 北海道ブロック理事 | 瀬田石憲邦 |
| 東北ブロック理事 | 佐々木吉幸(兼任) |
| 関東甲ブロック理事 | 斎藤謙一 |
| 東京ブロック理事 | 井上優美子 |
| 北信越ブロック理事 | 綿谷小作 |
| 東海ブロック理事 | 永瀬文 |
| 近畿ブロック理事 | 大迫芳孝 |
| 中国ブロック理事 | 豊見雅文(兼任) |
| 四国ブロック理事 | 上野明 |
| 九州ブロック理事 | 井手陽一 |
| 監事 | 伊沢一郎、西村正広 |
| 顧問(常任) | 徳久和夫、永野孝夫 |
| 顧問 | 藤井基之 |
※顧問(常任)は内部名称です。